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ブリテン 戦争レクイエム
今日も引き続き「勝手に戦争(反戦)関係の音楽の日」のエントリーを書いてみたいと思います。  実は昨日、「十字軍の音楽」を聴き終えてこのブログのエントリーを書いた後、再びCD棚を漁っていたら棚の奥の奥から出てきたこういう日にこそピッタリだったはずのCDがあったのです。  結局夕べはそのCDを聴きながら対訳詩を貪るように読んでいました。  てなわけで今日の KiKi の1曲はこちらです。

ブリテン 戦争レクイエム
ドイツシャルプラッテン TKCC-15165 演奏:ケーゲル指揮 & ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団 録音:1980年

War_Requiem.jpg


カリ・レーファス(S)
アントニー・ローデン(T)
テオ・アダムス(BsBr)
ハンスユルゲン・ショルツ(or)
ライプツィヒ放送合唱団
ドレスデン礼拝堂少年合唱団



今日、ご紹介するこのCDはね、このエントリーのベートーヴェン弦楽四重奏曲全集と同様にず~っと昔徳間ジャパンコミュニケーションズがシャルプラッテン音源のものを廉価盤発売した中の1枚です。  2枚組 2,000 円で、このブリテンの「戦争レクイエム」、ペンデレッキの「広島の犠牲者に捧げる哀歌」、そしてベルクのヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出のために」が収録されていて、購入直後の終戦記念日には繰り返し繰り返し聴いていたCDでした。  このCDのことを失念していたのは我ながら情けない限り・・・・・。  でも、思い出しちゃった(見つけ出しちゃった?)からにはこれをこの日に聴かないわけにはいかないし、このブログでも取り上げないわけにはいきません!

このCDのライナーノーツを読んでいたら、とっても印象に残る言葉が載っていました。  ちょっとズッコイけれど、どうしてもご紹介しておきたい言葉なので転載しますね。

ブリテンの「戦争レクイエム」では壊滅した町について歌った詩が使われている。  かつてレクイエムにおいて「怒りの日」が歌われるとき、それは最後の審判を想像して畏れおののくものであった。  ところが、「怒りの日」はすでに人間の手によって実現した。  ラテン語は死語であり、今日、一部のミサや学問の世界を除いては使用されない。  もしも死をきわめて生々しい現象として捉えるなら、それも死を宗教的なコンテクストの中で捉えるのではなく、徹底徹尾人間の生きるこの世における事件として捉えるなら、もはやリアリティを喪失していると言わざるを得ない。  ブリテンが伝統的なレクイエムを皮肉りながらも捨てきれないところに、神に帰依できない今世紀の苦悩が端的に表れていよう。  いつの日か、もしも人間の死が家畜同様に完全に数量的で無名のものとなるのなら、そのとき人類はまったく新しいタイプのレクイエムを持つことになる。
(ライナーノーツより転載)


この曲でブリテンは、ラテン語の死者のためのミサ典礼文(ソプラノ独唱、合唱、管弦楽)の中に第一次大戦で戦死した詩人W・オーエンの反戦詩(テノール、バスの独唱、室内オーケストラ)を散りばめ、人類への警告と平和への祈りをこめています。  ミサ曲の部分では永遠の安息、最後の審判、天国における救済が語られますが、反戦詩の中では近代戦争の悲惨さと感情むき出しの嘆きの言葉が語られます。  その対比が時に皮肉に、時に死者の魂の叫びのように聞こえてきます。

主よ、永遠の安らぎを彼らに与えてください。
永遠の光が彼らを照らしますように。  (中略)

家畜さながらに死んでいく兵士たちにどんな弔いの鐘が相応しいのか?
ただ銃砲の恐ろしい怒りだけだ。  (中略)
祈りや鐘は連中のための嘲りも哀悼の声も持っていやしない。
ただ唯一合唱だけ、つまりうなるガーネット(銃弾)のすさまじい金切り声の合唱だけがある。


こんな(↑)感じ。

ケーゲルはものすごい緊張感を聴くものに強い、聴いている KiKi を暗澹たる気分に導いていきます。  普段「レクイエム」というタイトルの音楽を聴くと、何だかよくわからない恍惚感に浸ることが多く思わず「キリスト教に入信したいような気分」になるのですが、この曲とそんな恍惚感は無縁です。  徹底的に人の心を絶望させ、やりきれない思いに弄ばれ、「事態はどんどん悪くなるばかりです。  夢も希望もありません。」(by ティーダ FF10)というような気分にさせられていきます。  

そしてリベラメへ。  ここで聞こえてくる少年合唱の澄んだ歌声でようやく救われたような気分になるのですが、と同時に「さて、これから私はどうする??」と考えさせられます。  政治家気分、評論家気分、経済学者気分で大局論を論じるのも決して悪いことではないけれど、もっと根源的なことに目を向けたいような気分になってくるのです。

1980年に収録されたこの演奏。  10年後の1990年にケーゲルはピストル自殺で自らの命を絶っています。  彼はもともとピアニストを目指していた芸術家でしたが、第2次世界大戦中に手榴弾の破片を受けて負傷し、指揮者に転向したという経歴の持ち主でした。  死の直前、彼が見つめていたものはいったい何だったのでしょうか??  そして晩年(?)の彼が収録したこの演奏で彼が語る言葉(音楽)の根っこには何があったのでしょうか??    


追記:
このエントリーは2006年8月16日、Sさんのブログの関連記事に TB させていただきました。

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